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2012年3月 4日 (日)

いきものがかりに作詞家が必要な理由

いきものがかりというバンドがある。
僕は個人的には好きでも嫌いでもないけれど、
曲は良いと思う。

ベタだけれど、泣きメロのセオリーを踏んできて
毎度のこと「巧いなー」と感心する。
十代に人気が出るのもわかる。

しかし、同時に毎度がっかりさせられるのが歌詞。
いきものがかりの歌は、歌詞がダメすぎる。

例えば、2012年の1月に発売された「いつだって僕らは」
というシングル曲の歌詞は、こんな感じ。

いつだって 最高の感情を描いてみた 
僕らそうやって純粋に夢をみた
果てしなく広がるこの空の下
僕らはその答えを見つけました

大切な存在に気づいたんなら
ヒトはいつだって空を羽ばたけんだよ
伝えたい言葉達に託すんだよ
僕らの信じる道開くために


読むとわかるが、はっきり言って、意味がない。
意味がありそうでないという、「頭の悪い歌詞」の
典型例になってしまっている。

僕は常々、いきものがかりは、歌詞を外部の作詞家に
発注すべきだと考えている。

それこそが、いきものがかりの歌を
「良曲」から「名曲」に押し上げてくれるはずだと
考えるからだ。

*          *          *

良い歌には、メロディと歌詞が合わさって生まれる
「物語」がある。

歌が持つ物語が、聴く人の個人的な物語と共鳴することで
心に残る大切な曲となり、人生の一部となる。

ここで、図を見ていただきたい。

Lyrics

「名曲」とは、曲の持つ物語の中に、聴く人が個人的な
物語を入れ込むことができ、双方が共鳴し、感動を生みだす
そんな曲のことだと思う。
(最近ではSMAPの「夜空のムコウ」が良い例だろう)

植村花菜の「トイレの神様」が、あっという間に消費され、
飽きられてしまったのは、
曲の持つ「物語」があまりに限定的すぎて、聴く人が
自分の物語を入れ込む余地がなかったためだろう。


そして、現状のいきものがかりの歌を見てみると、
思わせぶりで何も言っていない歌詞だけで、物語はない。
かろうじて、良いメロディがあるために、聴く人が
自分の物語を入れ込む余地があると思われる。

しかしこれでは、心に残る歌になるには不十分だ。
聴く人が一時的に感動するためだけに、消費されるだけに
とどまるだろう。

*          *          *

というわけで、
いきものがかりは、歌詞を作詞家に発注すべきだ。

良いメロディはあるのだから、あとは良い歌詞さえあれば
物語が駆動するはずで、
そうすれば、後世に残る「名曲」が生まれる日も近い。

「余計なお世話だバカヤロー」(@RHYMESTER)と
言われたとしても、
関係者の皆様には、よろしく検討をお願いしたい。

このままでは、日本カルチャーの損失にもなり得ると
僕は割と本気で考えるものである。




ヤトミックカフェ
矢透泰文が主催するコンテンツサイト。
コーヒーは出しませんが、楽しい読みものをサーブ。
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Think and Listen. yatomic_Cafe 2012

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